日赤婦人会館跡地などを中心とした広小路・中央通り・仲小路にまたがる一帯の空洞化は、1970年代から始まりました。大型スーパーの郊外出店やニュータウンの建設という、いわば国策に添った流れの中で構造的に全国の「街」の衰退は進んだのであり、それに歯止めをかけるほど個々の自治体に権限と力量がなかったのもまた事実です。
秋田市長時代、私はこの街の空洞化にどう歯止めをかけるかを最重要課題とし、積極的に取り組んで参りました。街に再び活気を取り戻すために担当の部局を設け、民間地権者側の再開発準備組合との話し合いのみならず、国や県とも連携し、市民によるワークショップの議論を踏まえながらまとめたのが、東北一の規模を誇る「芸術文化ホール」を核とする再開発計画でした。
もちろん、これがベストであったとは申しませんが、あの当時としては実現性の高いベターな案であったと今も確信しております。ですから市議会もこれを了承し、順調に進捗していれば平成19年に開催される「秋田国体」までに完成する予定となっていました。ところが、私が市長を辞した直後にこの計画は急きょ白紙に戻されてしまったのです。
この背景には国の助成制度の変更(補助率などの削減)もあったと推測します。しかしながら、それ以来、現在に至るまで「芸術文化ホール」に代わる具体的な案は出ていません。そこに、これまで事態を傍観していた県知事が盛んに口をはさむようになっています。私には、この知事の行動がいかにも唐突に見え、何か別に意図があるように思えて仕方ないのです。
今週号の「週刊アキタ」がこの再開発をめぐる動きをニュースにし、記事中に前市長である私の意見を掲載しています。ただ、紹介されたのは取材に対するコメントのごく一部に過ぎません。今回はその内容を補足する形で、私の考えを皆さんにより詳しくお知らせしたいと思います。
まず、市街地再開発事業は都市計画法によって市町村固有の事業となっています。ところが、県知事の一連の発言はこれを無視するもので、秋田市の頭越しに個人的なプランを県民・市民に向けてアナウンスしているようにも見えます。ただし、その具体的な内容については一切明らかにしていません。地元紙の表現を借りるならば、これは実に「思わせぶり」なパフォーマンスです。
その手始めは、県有地である日赤婦人会館跡地の一部を無料駐車場として開放することだといいます。当然のことながら、周辺の民間駐車場経営者たちからは反発の声が上がり、彼らと県の担当部局との交渉が現在進行形で続いているのですが、知事は今月中に実施すると主張して一歩も引きません。つまり、強行突破です。
これでは、中心市街地再生という都市全体の発展を左右するような大きな問題が、地権者同士による利害絡みの話になってしまいかねません。それも最大地権者である県が、自ら管理する土地を無料開放するという思いつきに等しい策に固執する限り、事態をさらに難しくする危険性は高いでしょう。
再開発が今の今まで放置されてきたことは、言うまでもなく憂慮すべき問題です。そして、その責任は秋田市、市議会のみならず、再開発準備組合にもあります。それにしても、これまで状況をただただ傍観し何の指導も行ってこなかった県、それもトップの知事がここに来て強引に割り込んでくるのは不思議です。
私が心配しているのは、こうした知事の過剰介入は実に多くの問題をはらんでいるという点です。第一に、知事の権限を越えた指図は街づくりの主体である市町村の自治を侵害するものと言えます。第二に、それが事態をかえって混乱させています。第三に、巨大な利権が伴う街の再開発事業の現場に強大な権力を持つ県知事が口を出すことで、市民・県民に疑念を抱かせる危険性も大いにあります。「そのリスクを負ってまでなぜ?」というのが、私の偽らざる心境です。
秋田市中心部の再開発事業をめぐる知事の唐突な発言と行動は、このように重要な問題を包含していることを県民・市民はしっかり認識し、注意深く監視していくべきであると私は考えるのです。
posted by 石川錬治郎 at 20:11|
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県支部の提言
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